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浦和地方裁判所 平成2年(ワ)588号 判決 1993年5月28日

原告

北川みを

沢愛子

北川滋樹

右三名訴訟代理人弁護士

石川利男

被告

有限会社三広梱包

右代表者代表取締役

廣田直輝

被告

廣田直輝

右両名訴訟代理人弁護士

斉藤豊

金井清吉

主文

一  被告有限会社三広梱包は、原告北川みをに対し、金九三一万四五〇〇円、原告沢愛子、同北川滋樹に対し、それぞれ金四一五万七二五〇円及び右各金員に対する平成二年六月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告有限会社三広梱包に対するその余の請求及び被告廣田直輝に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告有限会社三広梱包の負担とし、その余は原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の主張

一  請求の趣旨

1  被告らは、連帯して、原告北川みをに対し、金一五四七万六六八七円、原告沢愛子、同北川滋樹に対し、それぞれ金八七三万八三四三円及び右各金員に対する平成二年六月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告ら

亡北川三津男(以下「亡三津男」という。)は後記2の事故で死亡した。

原告北川みを(以下「原告みを」という。)は亡三津男の妻、原告沢愛子(以下「原告沢」という。)及び原告北川滋樹(以下「原告滋樹」という。)は亡三津男の子である。

2  事故の発生

(一) 発生日時 昭和六二年六月二五日午前一〇時三〇分ころ

(二) 発生場所 埼玉県岩槻市六丁目二番地の一 被告有限会社三広梱包(以下「被告会社」という。)作業場の前庭(以下「本件作業場」という。)

(三) 事故態様 本件作業場の前庭の鉄製ラック(以下「本件ラック」という。)上に立てかけてあった鉄製パイプ枠のコンビテナー一五、六枚(総重量合計五〇〇から六〇〇キログラム)が倒れ、亡三津男は、その下敷きになり、頭部、胸部に強度の打撲傷を負い、同日午後一〇時一三分同市の丸山記念総合病院で頭部外傷により死亡した。

3  被告らの責任

(一) 被告会社

(1) 亡三津男は、昭和六〇年四月訴外岩槻市高齢者事業団(以下「訴外事業団」という。)に入会し、訴外事業団から派遣されて被告会社の作業場においてキャリーの組み立て作業に従事していた。

亡三津男、訴外事業団、被告会社の関係は、訴外事業団と被告会社が亡三津男を被告会社に派遣する旨の契約を締結し、被告会社が、亡三津男の賃金分を訴外事業団に支払い、訴外事業団が、必要経費を控除して賃金を亡三津男に支払うというものであったが、稼働の連絡については、被告会社から亡三津男に直接連絡があるというもので、作業現場における指示、監督の一切は、被告会社代表者である被告廣田直輝(以下「被告廣田」という。)又は被告会社の加藤利治工場長(以下「加藤工場長」という。)が行い、訴外事業団は、右連絡、指示、監督に全く関与していなかった。

(2) 亡三津男は、本件事故当日コンビテナーの組み立て作業手順の中で、コンビテナーが一五、六枚積まれたラックから右コンビテナーを組立作業現場まで運搬するという作業を命じられており、右運搬のためコンビテナーが積まれた本件ラックに近づいたときにコンビテナーが倒壊し、その下敷きになって死亡したものである。

本件コンビテナー表扉は、一枚三〇から四〇キログラムの重量物で、高さが二メートル余のものであるから、これを立てかけておくときは、角度、床面の状況により、又は、作業等のため取り出す際、容易に倒壊して付近の作業員の身体に損傷を与える危険があるから、被告会社としては、右危険を防止するためコンビテナー表扉を安全な方法、例えば、横にして積み重ねる、ロープ、チェーンで固定する等して保管する注意義務があり、作業員に損傷がないようヘルメットを着用させる等の注意義務がある。

(3) しかるに、被告会社は、右義務を怠ったものであるから、主位的にいわゆる安全配慮義務を怠ったものとして、予備的に不法行為に基づいて、亡三津男の死亡による後記4の損害を賠償する責任がある。

(二) 被告廣田

被告廣田は、被告会社の代表者として、右(一)(1)の指揮、監督をしていたことに加えて、本件事故当日、亡三津男ら作業員を指揮、監督していたものであるから、被告廣田自身も亡三津男ら作業員に対し、右(一)(2)の義務を負うところ、これを怠ったものであるから、主位的にいわゆる安全配慮義務を怠ったものとして、予備的に不法行為に基づいて、亡三津男の死亡による後記4の損害を賠償する責任がある。

4  損害

(一) 逸失利益

二九五万三三七三円

(1) 年収 三一五万八三〇〇円(アないしエの合計)

ア 厚生年金 二四三万七九〇〇円

イ 企業年金(関東六県電気工事業)

六万三五〇〇円

ウ 同(曙ブレーキ)

一一万六九〇〇円

エ 高齢者事業団 五四万円

(2) 生活費控除

三分の一(一〇五万二七六七円)

(3) 損益相殺 原告みを受領の遺族給付としての厚生年金(年一五九万〇二〇〇円)

(4) 逸失利益の年数 事故後六年(事故時七〇歳なので平均余命の一二年の半分)

(5) 計算式

(三一五万八三〇〇円−一〇五万二七六七円)−一五九万〇二〇〇円

=五一万五三三三円

本訴状送達当時既に三年経過しているので、五一万五三三三円×三=一五四万五九九九円と51万5333円×2.731(三年の新ホフマン係数)=140万7374円の合計二九五万三三七三円

(二) 慰謝料 二九〇〇万円

(三) 葬儀費用

一〇〇万円(原告みを支出分)

5  よって、原告らは、被告らに対し、主位的に債務不履行として、予備的に不法行為として、原告みをに対する金一五四七万六六八七円、原告沢、原告滋樹に対するそれぞれ金八七三万八三四三円及び右各金員に対する平成二年六月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を連帯して支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(事故の発生)(一)、(二)の事実は認める。同(三)の事実中、倒れたコンビテナーの枚数が一五、六枚であったこと、亡三津男が右コンビテナーの下敷きになって死亡したことは否認し、その余は認める。亡三津男の死亡は、同人が倒れるときに頭部を打ったことが原因である。

3(一)  同3(被告らの責任)(一)(1)の事実中、亡三津男が、昭和六〇年四月訴外事業団に入会し、訴外事業団から派遣されて被告会社の作業場において作業していたこと、亡三津男、訴外事業団、被告会社の関係が、訴外事業団と被告会社が亡三津男を被告会社に派遣する旨の契約を締結し、被告会社が、亡三津男の賃金分を訴外事業団に支払っていたことは認め、訴外事業団が、被告会社から受領した額から必要経費を控除して賃金を亡三津男に支払っていたことは不知、その余は否認する。なお、被告会社と訴外事業団の契約関係は、請負契約であった。また作業は、訴外事業団の会員(以下「訴外会員」という。)の自立性に委ねられており、被告会社は、会員たちに場所は提供していたが、指示、監督はしていなかった。作業場に被告会社の社員が行っていたのは、会員の仕事の手助けをするためと足りなくなった材料の運搬のためであった。

同(2)の事実は否認し、主張は争う。なお、本件コンビテナー表扉は、重量一枚一五キログラムであり、高さ1.8メートルのものであった。

同(3)の主張は争う。

(二)  同(二)の事実中、被告廣田が被告会社の代表者であることは認め、その余は否認する。

4  同4(損害)の事実は知らない。

5  被告の主張(被告らの責任について)

(一) 被告会社では、本件事故現場のキャリーにチェーンを掛け、コンビテナーを固定しており、作業に使用中のキャリー以外は、右チェーンを外さないようにしていた。本件事故で倒れたコンビテナーの載ったキャリー(本件ラック)は、作業に入っていないものであり、右コンビテナーが倒れたのは、亡三津男が作業に入っていないキャリーのチェーンを外したことが原因であるから、被告会社及び被告廣田に責任はない。

(二) 被告廣田は、訴外会員のリーダーに二人一組で作業するように言っていた。ところが、本件事故当日、亡三津男は、相方と離れて、勝手に本件キャリーに近づいたのであるから、本件事故について被告会社及び被告廣田に責任はない。

(三) 亡三津男には、その行動が自分の意思で制御できないという病気を持っていた。本件事故も同人の右病気のために生じたものであり、不可抗力によるものである。

(四) 損害の填補

亡三津男には、本件事故についての傷害保険が適用され、原告らは、訴外事業団から金六〇〇万円の支払を受けた。

三  被告の主張に対する認否

被告の主張(一)ないし(三)の事実は否認する。同(四)の事実は認める。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二請求原因2(事故の発生)について

1  同2(事故の発生)(一)及び(二)の事実は、当事者間に争いがない。同(三)の事実中、本件事故現場においてコンビテナーが倒れたこと、亡三津男が本件事故現場において頭部、胸部に強度の打撲傷を負い、同日午後一〇時一三分同市の丸山記念総合病院で頭部外傷により死亡したことは当事者間に争いがない。

2  同(三)(事故態様)について

(一)  同(三)の事実中、本件作業場の本件ラック上に立てかけてあった鉄製パイプ枠のコンビテナー表扉が倒れたこと、亡三津男が頭部、胸部に強度の打撲傷を負い、同日午後一〇時一三分同市の丸山記念総合病院で頭部外傷により死亡したことは、当事者間に争いがない。

(二)  右争いのない事実と<書証番号略>によれば、亡三津男は、本件作業場で被告会社のかご台車組み立て作業中、材料の鉄製パイプ枠のコンビテナー表扉を積んだ本件ラックからこれを下ろそうとしたとき、たまたま右コンビテナー表扉が倒れてきて、頭部、胸部に強度の打撲傷を負い、右頭部外傷により死亡したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  ところで、証人桑原英一は、ラックに積んであった材料が倒れてくるより先に亡三津男が転んだ旨証言している(桑原証人調書三八ないし三九項)。しかし、証人関根梅次郎及び被告廣田直輝の各供述によれば、本件事故の目撃者はいないことが認められ、また、右桑原証人も、本件事故当時亡三津男の倒れる状況は見ていないとも証言している(同証人調書五八項)ことから推して、同人は本件事故を具さに見ていなかったと推認されるので、証人桑原英一の前記証言部分は推測の域を出ないものであって他に右証言を補強する的確な証拠もないから、直ちに右証言を信用することはできない。

三請求原因3(被告らの責任)について

1  請求原因3(一)(1)の事実中、亡三津男が、昭和六〇年四月訴外事業団に入会し、訴外事業団から派遣されて被告会社の作業場において作業していたこと、亡三津男、訴外事業団、被告会社の関係が、訴外事業団と被告会社が亡三津男を被告会社に派遣する旨の契約を締結し、被告会社が、亡三津男の賃金分を訴外事業団に支払っていたことは、当事者間に争いがない。

2  被告会社と亡三津男の関係

(一)  右争いのない事実と<書証番号略>、証人桑原英一、同関根梅次郎の各証言及び被告廣田直輝本人尋問の結果(ただし、後記信用しない部分は除く)によれば、次の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 訴外事業団は、昭和五九年末ころから、被告会社からコンビテナーと称するかご台車の組み立て作業(木製パレット、ベニヤ板にキャスターの付いたパレットないし金属製パレットの三辺に鉄製パイプの格子扉をはめ込み、ネジで固定してかご台車を組み立てる作業)を請負い、訴外事業団会員(以下「会員」という。)らに配分していた。

(2) 会員らへの個別の作業依頼の方法については、格子扉が入庫すると被告会社が訴外事業団に仕事ができたことを電話連絡し、ときには会員個人にも連絡するという方法を採られていた。そして、会員らは、連絡を受けると次の日から現場へ行き、格子扉がなくなるまで作業し、格子扉がなくなった時点で作業が終了することとなっていた。

(3) 右かご台車組み立て作業は、本件現場すなわち被告会社敷地内の被告会社所有の第二倉庫前で行われた。右作業の道具として使用されるネジ回し、バール等は、被告会社から会員らに貸与されていた。材料は、被告会社の従業員ないしは別の運送屋が運搬してくることになっていた。

(4) 被告会社の第二倉庫の責任者である加藤工場長は、格子扉の運搬をするのにフォークリフトを運転したり、会員らと一緒にかご台車の組み立てをし、会員らに段取りを説明していた。

(5) 訴外事業団の職員は、本件現場に来たことはなかった。

(6) 亡三津男は、昭和六〇年四月訴外事業団に入会し、本件事故当時、訴外事業団に配分されて、被告会社のかご台車の組み立て作業に従事していた。

(二)(1)  一般に、労働者と労働契約を締結した使用者は、一定の企業目的を達成するため、労働者に対し、労働者を一定の場所に配置し、労働者の使用する設備、器具等を供給し、労務の提供の方法を指定して、労務の提供を受ける権限を有する。このように、使用者は、労働者の労務提供の過程において指揮命令権限を有することに対応して、労働者が労務を提供する過程において発生する危険から労働者の生命、身体等を保護するよう配慮すべき義務、いわゆる安全配慮義務を負う。

他方、請負契約の注文者は、通常、請負人の仕事の結果のみを享受するものであって、請負人や請負人の被傭者の仕事の過程を直接拘束するものではないから、原則として、請負人や請負人の被傭者について安全配慮義務を負うことはない。しかし、注文者と請負人、又は、注文者と請負人の被傭者との間で労働契約が締結された場合と同様に、注文者の指定した場所に配置され、注文者の供給する設備、器具等を用い、注文者の指定する方法で労務の提供をする契約が締結される場合がある。そしてこのような場合には、注文者は、労働者と労働契約を締結した場合に準じて、請負人や請負人の被傭者が労務の提供をする過程において発生する危険から同人らの生命、身体等を保護するよう配慮すべき安全配慮義務を負うものと解するのが相当である。

(2) 本件では、前記(一)(1)、(6)のとおり、亡三津男が、昭和六〇年四月ころから被告会社において従事していたかご台車の組み立て作業は、訴外事業団が被告会社から請け負い、会員らに配分されたものなので、亡三津男と被告会社の間で、直接の労働契約が締結されていたものではなかったことが認められる。しかし、同(3)、(4)のとおり、会員らは、被告会社の敷地内で、被告会社の供給した道具で、被告会社から派遣された責任者である加藤工場長が定めた段取りに則って作業していたものであり、しかも、同(5)のとおり、訴外事業団は、会員らの作業について一切関与していなかったのであるから、会員らは、専ら被告会社の指揮命令の下に労務の提供をしていたと評価されるべきであり、被告会社と亡三津男を含めた会員らとの間には、事実上、直接労働契約を締結したのと同様の社会的接触関係があったと解するのが相当であるから、被告会社は、会員らに対して安全配慮義務を負うものである。そして、同(6)のとおり、亡三津男は、本件事故当時、訴外事業団の会員として、同事業団に配分されて、被告会社のかご台車の組み立て作業に従事していたものであるから、被告会社は、亡三津男に対し、安全配慮義務を負っていたものである。

(三)(1)  <書証番号略>によれば、訴外事業団就労規約第七条には、「会員は、就労に当たり次の点に留意すること」として「仕事中はあらかじめ指名されたリーダーの指示に従って、お互いに協力し合って就労すること」と規定されていることが認められる。しかし、本件において、被告会社の会員らに対する指揮命令を排除する趣旨まで読み取ることはできない上、前記(一)(4)のとおり、本件では、加藤工場長が責任者として会員らに対して作業の段取り等の説明をして労務の提供の方法を指定していたのであるから、右規定があることをもって、被告会社の安全配慮義務を否定することはできない。

(2) <書証番号略>(災害事故報告書)には、加藤工場長は、仕事について段取りを説明する程度で、会員に対して作業の指示をすることはなかったと記載している。しかし、被告廣田直輝は、会員らに作業についての指示をしなかったことについて、全員長い間同じ作業をしていたので、言わなくても分かっていたと供述しており、右供述に照らせば、右記載によって、加藤工場長が会員らに特段の指示をしなかったことが認められるとしても、会員らは被告会社が指定した方法で本件作業を行ったと認められるから、右記載は、被告会社の会員らに対する安全配慮義務を排除する根拠とはならない。

(3) <書証番号略>には、仕事ができたことの連絡も、被告会社から訴外事業団に電話で連絡し、会員に直接知らせるのは、会員から特別依頼があったときだけである旨の記載がある。しかし、右のような連絡の方法が採用されていたとしても、それによって、被告会社の会員らに対する指揮命令関係を否定する根拠とはならないから、右記載をもって、被告会社の会員らに対する安全配慮義務を否定することはできない。

(4) <書証番号略>には、仕事の終了についても、「いつまでにやってくれという指示はほとんどなく、通常は全員の判断で、いつ頃までにやろうということになり、格子扉がなくなった時点で終了となる」旨の記載があり、右記載によって、作業の期限についての拘束は非常に緩かったことが認められる。

しかし、会員らが高齢労働者であったことは当事者間に争いがないところであり、右争いのない事実によれば、右のように拘束が緩かったことは、むしろ会員らが高齢労働者であるという特殊性に由来するものと評価すべきである。また、証人桑原英一が、本件事故当日加藤工場長から、なるべく早くやってほしいとの話があった旨証言していることと照らすと、現実には、被告会社は、作業の期限についても一定の指示をしていたことが推認される。

このように、被告会社が本件コンビテナー組み立て作業の期限について、一定の指示をしていたことと、前記(二)(2)のとおり、被告会社が会員らに対して、その余の場所、道具、労務の提供の方法の点について指揮命令する関係にあったことと合わせ考えれば、右作業の期限について拘束が緩かったことをもって、被告会社の会員らに対する安全配慮義務を否定することはできない。

(5) <書証番号略>には、会員の出欠勤務状況は、会員のリーダー格である関根梅次郎が作業日報に記録し、被告会社の人はチェックしていない、会員が休みをとりたい時は、会社の人にその旨を伝えればいつでも会社を休むことができる旨の記載があり、証人桑原英一は、休暇は会社に申告していた旨証言しているので、会員らは、会社に欠勤の申告をすれば、いつでも欠勤することができたことが認められ、欠勤についての拘束も緩かったと評価できる。しかし、右のように欠勤についての拘束が緩かったのは、前記のとおり、会員らが高齢労働者であったためであることが容易に推認される上、右のとおり、会員らは、欠勤について被告会社に申告していたのであるから、被告会社は、会員らの欠勤について一定の拘束をしていたと評価できるから、右のとおり、会員らがいつでも欠勤できることをもって、被告会社の会員らに対する安全配慮義務を否定することはできない。

(6) <書証番号略>には、被告会社で働く人は、被告会社が指名しているわけではなく、人が替わってはいけないということではない旨の記載があるが、前記(二)のとおり、被告会社が場所、用具、労務の提供の方法について指定をし、会員らの労務の提供について指揮命令していると認められる以上、被告会社で作業している間は、被告会社と会員らとの間に労働契約を締結したのと同様の社会的関係があると評価されるべきである上、同<書証番号略>には、会員らが、二年くらい仕事をしているとの記載があり、この記載によれば、現実には、会員らは、被告会社で長期にわたって作業をしていたことが認められるので、右会員らの代替可能性の記載をもって、被告会社の会員らに対する安全配慮義務を否定する根拠とはならない。

(7) <書証番号略>及び証人桑原英一の証言によれば、休憩時間は、会員の判断で自由にとることができたことが認められるが、右作業形態は、会員らが高齢労働者であり、長時間労働には耐えられないといった労働者の特殊性に鑑みて採られたものであると推認されるから、被告会社の会員らに対する安全配慮義務を否定する根拠とはならない。

(8) <書証番号略>、証人桑原英一の証言及び被告廣田直輝本人尋問の結果によれば、被告会社では、会員らに朝礼を行っていなかったことが認められるが、朝礼を行っていなかったことは、安全配慮義務を尽くしていなかったことの基礎付け事実にはなっても、安全配慮義務を否定する根拠とはならない。

(9) <書証番号略>、被告廣田直輝本人尋問の結果によれば、被告会社の事業本体は運送事業であり、かご台車の組み立て作業は、被告会社が会員らのために用意した仕事であり、会員らが、被告会社の従業員と一緒に作業をしたことはなかったことが認められる。しかし、他方において、証人桑原英一の証言によれば、訴外事業団の人が本件現場に来たことはないことが認められ、また、前記のとおり、本件現場の責任者を被告会社の従業員である加藤工場長が務めていたこと、仕事の段取りを会員らに教えていたのも同人であったことに鑑みれば、本件かご台車の組み立て作業は、被告会社の業務の一つであったことが認められるので、被告会社は、右事実をもってしても、右作業過程において、会員らに対する安全配慮義務を免れることはできない。

3  本件事故当時の作業状況と被告会社の具体的な安全配慮義務違反について

(一)  <書証番号略>、証人桑原英一、同関根梅次郎の各証言及び被告廣田直輝本人尋問の結果(ただし、証人桑原、被告廣田の各供述については、いずれも後記信用しない部分を除く)によれば、次の事実が認められる。

(1) 会員らは、本件事故当日、本件現場において、格子扉(高さ一七〇センチメートル、幅一一一センチメートル、重さ16.38キログラム)を一枚ずつラックから持ってきたうえ、これをネジでとめ、看板を取り付けてかご台車を組み立てる作業をしていた。

(2) 右作業に使用する格子扉は、被告会社の従業員又は別の運送会社が、本件現場に格子扉を五段積み八列でラックに乗せて運搬してきていた。そして、右格子扉を運搬する時には、ラックの両端にポストが入り、それをサポートで固定し、更にチェーンで回りを囲む形になっていたが、積み下ろしの時には、片端のポスト、サポート、チェーンが取り外されており、格子扉はポストにもたれかかっているだけで、支えているものはなかったため、格子扉は、一段高くなるごとに倒れやすい状態にあった。しかも、二列目以降は一列目より一〇センチメートルほど横にずらして、前列の格子扉の突出している部分がパイプとパイプの間に入るように積まれていたため、一つの列が倒れるとその前の列に順次影響するような状態であった。

(3) 亡三津男は、本件事故当日は、格子扉をラックから下ろし、運搬する作業を一人で行っていた。

(4) 本件事故当日、本件事故現場には、加藤工場長のほか、被告廣田がおり、同人は、右加藤とともに、本件現場と隣接する被告会社第二倉庫の中を出入りしていた。

(5) 被告会社は、会員らに対し、本件作業について、特段の指示をしておらず、朝礼等も行っていなかった。

(6) 本件事故は、亡三津男が格子扉を本件ラックから下ろそうとしたときに発生した。

(二)  被告会社は、前記2(二)のとおり、亡三津男が本件現場で作業をするに当たり、同人の生命、身体等を保護するよう配慮する安全配慮義務を負うべきである。そして、前記(一)(1)、(3)のとおり、被告会社は、亡三津男に、格子扉という高さ一七〇センチメートル、幅一一一センチメートル、重さ16.38キログラムの重量物の運搬を伴う作業をさせていたのであるから、右格子扉を保管する場合には、これが倒壊しないように手当てをし、その取扱について十分な安全指導をすべきであったにもかかわらず、前記一(2)、(5)のとおり、被告会社は、本件ラックに格子扉を倒壊しやすい状態で積んだまま、何らの措置もせず、また、特段の安全指導もしていなかったのであるから、右安全配慮義務に違反したものというべきであり、その結果前記のとおり、本件作業中に亡三津男が本件ラックから格子扉を下ろそうとした際、右格子扉が倒れてきて、同人の頭部、胸部に強度の打撲傷を負わせ、同人を右頭部外傷により死亡するに至らしめたものである。したがって、被告会社は、これにより亡三津男が被った後記三の損害を賠償する責任がある。

(三) なお、被告廣田は、本件作業場にはラックが三個あり、本件事故のあった本件ラックは、当時まだ作業に着手していなかったので、亡三津男がなぜ本件ラックのところへ行ったのか分からないとしたうえ、亡三津男は、自分の行動が制御できない病気にかかっていた旨、また本件事故のあった本件ラック上の格子扉は、詰まっていて崩れるような状態ではなかった、また運搬するときは鎖が掛けてあり、単に保管するときは、鎖を掛けたままであったから、本件ラックについても鎖が掛けてあった旨供述しているが、<書証番号略>(災害調査復命書)には、本件作業場にあったラックは二個であり、亡三津男は、格子扉を下ろしている最中に本件事故にあった旨の記載があり、右記載の基礎となった調査は本件事故に一番近接した時期に行われたものであって信用性が高い上、同<書証番号略>によれば、右調査過程で被告廣田も事情聴取を受けていることが認められるにもかかわらず、右調査当時被告廣田が前記各供述と同旨の報告ないし陳述をした事実が窺われないことに照らすと、右被告廣田の供述は信用することができない(なお、亡三津男の病気に関する供述は、他にそれを補強する証拠もないので、直ちに信用することはできない。)。

4 被告廣田の責任について

本件全証拠によるも、被告廣田個人が、亡三津男との間で、被告会社との関係と同様の社会的接触関係にあったこと、本件事故に関して過失があったことは、いずれもこれを肯認することはできないから、被告廣田について、原告主張のような亡三津男に対する安全配慮義務違反ないし不法行為に基づく損害賠償責任を認めることはできない。

四請求原因4(損害)について

1  同(一)(逸失利益)について

(一)  同(1)(年収)について

(1) <書証番号略>によれば、亡三津男は、曙ブレーキ工業から企業年金二か月当たり一万九四八三円を受給していたことが認められるから、同人の同社から受ける企業年金は、年額一一万六九〇〇円を下らないことが認められる。

(2) <書証番号略>によれば、亡三津男は、関東六県電気工事業から厚生年金基金の年金給付として一回当たり一万五八七五円を受給していたことが認められるところ、昭和六二年当時の厚生年金基金令(二八条)によれば、二万円に満たない場合の支給月額は、原則として、二月及び八月又は五月及び一一月の年二回であるから、同人の同社から受ける右年金は、年三万一七五〇円であることが認められる。

(3) <書証番号略>によれば、亡三津男は、昭和六二年三月から六月までの間、訴外事業団からの配分金として合計金一八万円を受け取っていたことが認められるから、同人の訴外事業団からの配分金による収入は、年額五四万円であったことが推認される。

(4) よって、亡三津男の年収は、右合計金六八万八六五〇円であったことが認められる。

(二)  同(2)(生活費控除)について

亡三津男の家族は、妻の原告みを及び子の原告沢、同滋樹であるが、<書証番号略>によれば、原告沢、同滋樹は、昭和六二年当時いずれも婚姻して、亡三津男から独立していたことが認められるから、亡三津男の年齢(七〇歳)、年収等諸般の事情をも考慮すれば、亡三津男の生活費の控除は二分の一が相当と認める。

(三)  同(4)(逸失利益の年数)について

<書証番号略>によれば、亡三津男は、本件事故当時七〇歳であったことが認められ、厚生省第一二回生命表によれば、七〇歳における男子の平均余命は、8.99年であるから、右亡三津男の年齢を考慮すれば、同人の就労可能年数は、右平均余命の二分の一の五年(端数切り上げ)とするのが相当である。

(四)  同(5)(計算)について

前記(一)ないし(三)の認定に照らして計算すると、亡三津男の逸失利益は、次のとおりになる。

(1) 本件事故の発生は、昭和六二年六月二五日であり、本訴状送達日は、本件記録によれば平成二年六月一四日であるから、本件事故から二年余を経過していることが認められるので、前記(一)の年収金六八万八六五〇円から同(二)の生活費分二分の一(三四万四三二五円)を控除し、右二年分を掛けると、亡三津男の右二年分の逸失利益は、金六八万八六五〇円となる。

(2) 前記(一)の年収金六八万八六五〇円から同(二)の生活費分二分の一を控除し、中間利息控除の係数を亡三津男の年齢等を考慮して新ホフマン係数として三年分の右係数2.731を掛けると、右亡三津男の右三年分の逸失利益は、金九四万〇三五一円となる。

(3) よって、亡三津男の逸失利益は、一六二万九〇〇一円である。

(五)  なお、原告は、亡三津男の厚生年金(厚生年金保険法上の老齢厚生年金(以下「老齢年金」という。)と解される。)の受給権に基づく収益についても逸失利益として請求しているが、一般に逸失利益とは、被害者の稼働能力が事故によって毀損ないし喪失したことによる損害と解すべきであるところ、同法が、その目的について、労働者の老齢等について保険給付を行い、受給者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする旨(同法一条)定めていること、その他同法四四条の規定内容に鑑みれば、老齢年金は、受給権者及びその家族の生活保障のために支給されるものであるから、受給権者の稼働能力とは関係なく得られる収益と解すべきである。したがって、受給権者の原告が、本件事故により死亡したため、右老齢年金の支給を受けられなくなったとしても、これをもって、右にいう逸失利益として損害賠償を請求することはできないものというべきである。

2  同(二)(慰謝料)について

上記認定のような本件事故発生の状況、亡三津男の本件事故当時の年齢、平均余命年数、推定稼働年数等の諸般の事情を斟酌すると、亡三津男に対する慰謝料は、金一五〇〇万円が相当である。

3  相続関係

前記一のとおり、原告みをは、亡三津男の妻であり、原告沢及び原告滋樹は、亡三津男の子である。したがって、原告みをは、右1、2の亡三津男の損害の合計一六六二万九〇〇一円の二分の一の金八三一万四五〇〇円を相続し、原告沢及び原告滋樹は、それぞれ右一六六二万九〇〇一円の四分の一の金四一五万七二五〇円を相続したことが認められる。

4  <書証番号略>によれば、原告みをは、亡三津男の葬儀費用として、一〇〇万円を下らない金員を支出したことが認められる。

5  よって、被告会社は、原告みをに対し、右合計金九三一万四五〇〇円、原告沢、同滋樹に対しそれぞれ金四一五万七二五〇円の各損害を賠償する義務がある。

五結語

以上の次第で、原告らの本訴請求は、被告会社に対し、債務不履行に基づく損害賠償として、原告みをに金九三一万四五〇〇円、原告沢、同滋樹にそれぞれ金四一五万七二五〇円及び右各金員に対する本訴状送達日の翌日である平成二年六月一五日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、その限度で認容し、被告会社に対するその余の請求及び被告廣田に対する請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官塩谷雄 裁判官都築政則、同坂田千絵は、転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官塩谷雄)

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